村上春樹の『１Q84』は、月がふたつのぼる世界の物語だ。並ぶ月と月。そんな世界に入り込んでしまった天吾は、その不思議を誰にも尋ねることができないまま、公園の滑り台の上、ただ夜空を眺める。村上春樹のはじめての三人称語りの小説は、正直、「僕」にはもうひとつで、「book3」までページをめくらせたのは、「どうなるの？」というつきなみな謎解きエンジンのおかげだった。ただ、作中、天吾によって書かれる小説のタイトルとして現れる『空気さなぎ』ということば。この『空気さなぎ』が、読了後もずっと「僕」の頭の中に浮かんだまま消えない。それこそ月みたいに。